「16世紀の日本、南蛮船に乗ってポルトガル人がやってきた!」狩野内膳による、南蛮屏風を見た海外の反応

2018/03/04 16:51

1543年、種子島へポルトガルが漂着したことを皮切りに始まった日本とポトルガルの交流。その後、織田信長のもとで南蛮貿易が盛んとなり、多くのポルトガル人貿易商・宣教師が日本を訪れました。

その当時の日本の港での荷揚げの様子を描いた狩野内膳による屏風画、「南蛮人渡来図」が海外掲示板で話題になっています。

この屏風への海外の反応

🇵🇹我々ポルトガル人こそが元祖「日本かぶれ」だったんだな!

🇵🇹日本に銃を伝えたのはポルトガル人だ。
それ以降、日本人は銃で戦をするようになった。

鉄砲伝来Wikipedia
1543年9月23日、大隅国の種子島、西村に一艘の船が漂着した。
この船に商人の代表者は2人いた。領主種子島時堯は2人が実演した火縄銃2丁を買い求め、家臣の篠川小四郎に火薬の調合を学ばせた。

ポルトガル語の「biombo」の起源は日本語の「屏風(byōbu)」だったことを今日初めて知った。

ヨーロッパ人が日本に初めてやってきた時の日本人の反応はどんなものだったんだろう。
まるでエイリアンがやってきたとでも思ったのだろうか。

🇪🇺中国や日本ではヨーロッパ人は「長い鼻」あるいは「鬼」として知られていたそうだ。
1980年代に日本に移住し、郊外の東京に住んでいた。
ある日近所の花屋に花を買いに行ったら、老人の店主がじっと顔を見つめてきて、ぐいっと鼻を掴まれた。
本物かどうか知りたかったようだ(笑)
当時すでに都会では外国人は珍しくなかったが、田舎では子供に「外人、外人」と呼ばれたのを覚えている。
面白がっていただけで、悪意のあるものではなかったけれどね。

🏴󠁧󠁢󠁥󠁮󠁧󠁿↑自分が子供の頃、アフリカから来た黒人に「アフロを触っていい?」と聞いたことがある。
英語が通じなかったので、飛び跳ねてチリ毛を指差していたら、親父が飛んできて謝っていた。
「なんで謝るの?あの人、笑ってたよ」って言ったことを覚えてる。

🇪🇺子供は好奇心があるから外国人を見ると興味津々になってしまうんだよ。
人種間の差別や憎悪について知るのは大人になってから。

「南蛮」って南方の野蛮人って意味だから、「鬼」と呼ばれていたのも納得だ。

南蛮Wikipedia
南蛮は辺境の未開人に対すして用いられた蔑称。
16世紀にポルトガルとスペインと日本との南蛮貿易が始まると、貿易によってもたらされた文物を「南蛮」「南蛮渡来」などと呼ぶようになった。やがて、蔑称だった「南蛮」は、異国風で物珍しい文物を指す語となり、南蛮人は主に南欧系の西洋人を指す語に転じた。

🇦🇹脈絡なくラクダがいるのはどうして?

🇭🇷↑当時のポルトガルは中東に無数の港を持っていた。
おそらく極東でなら高額の値が付くと思って持ってきたのだろう。

🇵🇹↑これが正しい。
絵をみると、その他にも色んな動物が日本に持ち込まれたようだ。

🏴󠁧󠁢󠁥󠁮󠁧󠁿ポルトガルは大航海時代初期の覇者だったんだな。

🇹🇷奴隷召使いだったはずのアフリカ人が、割と綺麗な格好をしてることに驚き。

🇺🇸↑そうだけど、二人とも裸足じゃないか。

🇷🇸船のマストに黒人たちがたくさん乗ってるようだ。

🇵🇹↑日本人にとってはこれも奇妙な光景だったに違いない。

🇵🇹↑黒色塗料が塗ってあると勘違いした日本人が黒人の肌をゴシゴシとこすった、とどこかで読んだ記憶がある。

そういえば、織田信長の家臣として仕えた「弥助」という名の黒人の侍がいたようだ。

🇵🇹ポルトガルの船には黒人を含め世界各地の船員がいた。彼らの知識が、日本発見の大きな助けとなったんだ。

🇪🇺江戸時代のポルトガルとの貿易は長崎の出島を通してのみ行われた。
でも、すぐにオランダ人に取って代わられてしまう。
そのオランダも、より強大な海軍を保持するイギリスに取って代わられる。
そのイギリスに取って代わり、今でも日本に居座っているのがアメリカ。
つまりヨーロッパ人同士で争うと、外部の誰か漁夫の利を得るってわけ。

↑ちなみに、その時代に建てられたポルトガル式の建築は、長崎に原爆が落とされた後もしっかりと建っている。

↑原爆ドームもチェコ人の建築家による設計だ。

🇦🇺ポルトガルは織田信長に気に入られていたんだよ。
織田の天下が終わり徳川幕府になった時に、日本のカソリックによって島原の乱が起きて、幕府の中でポルトガルを排除しようとする動きが始まった。
オランダはポルトガルと敵対していたし、比較的、布教活動には熱心ではなかったので、幕府の貿易パートナーとして選ばれたんだ。

🇵🇹↑日本との交易はヨーロッパにとって重要性は低かった。
中国貿易のほうが遙かに利益を上げていたんだよ。
それでもヨーロッパ人がわざわざ日本まで航海した理由が、キリスト教の布教。

当時の世界の人がヨーロッパ人をどのように描いていたかを見るのはとっても面白いね!

🇵🇹自分の国、ポルトガル。当時は良いもの持ってたんだな~。

ソース:

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名無しボノボさん

初めて白人を見た日本人たちは紅毛碧眼と言って髪や瞳の色について記しているのに肌の色については特記していない。
ドナルド・キーンさんは長い航海で陽に焼けていたからではないかとおっしゃっている。
身長についても特に巨躯だとか言ってないのはポルトガル人はチビだからかw