「無償の愛を送り続けた二人の母親に涙が止まらない…」生みの親の日本人女性を探す アメリカ空軍の大佐、46年ぶりに再会するも…

2018/07/12 00:35

駐日アメリカ軍人と日本人女性との間に生まれ、アメリカ人夫婦の元へ養子にもらわれた男性、ブルース・ハリウッド氏。その後アメリカ空軍の大佐となった彼が、心臓発作に倒れたことをきっかけに、46年ぶりに実の母親と再会する話が、海外掲示板で話題を呼んでいる。

2005年のある日、いつものように朝早くに出勤し、ペンタゴン前の駐車場に車を止めたブルース氏。そこで急な心臓発作に見舞われてしまう。

救急車で病院に運ばれる彼の脳裏によぎったのは、人生でやり残した2つのこと。1つは
、息子の大学出願を手伝ってやれないこと。そしてもう一つは、1960年に彼を養子に出した日本人女性に、生んでくれたことに対する感謝の気持ちを伝えれなかったことだった。

日本に駐在していたアメリカ軍の両親に養子として迎えられたブルース氏、生みの母親をを見つけ出すことは、養母が生前に強く勧めていたことでもある。しかし、心臓発作に襲われるまではその必要を感じなかったという。

ノルウェー系の養母とアイルランド系の養父は、ブルースに生みの親の実名を伝え、彼女に会いに行くための旅費を出すといって度々彼に日本行きを勧めた。しかし、その都度ブルースは断ってきた。

幸運にも一命を取り留め、心臓発作から回復したブルースは、早速産みの母親探しを始める。彼のプランは、(周囲の人に養子にいった息子がいることを明かしていない場合を考慮して)彼女にこっそりと、手紙を渡すこと。そこには「僕は最高の人生を送っていますよ。アメリカ空軍の大佐になり、美しい子供にも恵まれ、良い人生を過ごしています…」と書くつもりだった。

しかし、母親探しは難航を極める。日本大使館や在日アメリカ大使館に持っている情報全てを伝えるが、なんの手がかりも得られず。

数ヶ月が経ち、諦めかけていたころ、ドイツの軍事会議に参加するために立ち寄った空港でハリー・ハリス氏と鉢合わせる。(現韓国大使で)アメリカ海軍の太平洋艦隊提督のハリス氏の母親も、ブルースの母と同じく日本人。

同じドイツの軍事会議へ向かうハリス氏に、ブルース氏は一連の経緯を伝えた。

事情を理解したハリス氏、「ブルース、俺が力になるよ。」と、即座に協力を約束する。

それから10日後…ペンタゴンのブルース氏のオフィスに、日本大使館からの電話が鳴り響く。

日本大使館の人物「ハリウッド大佐、あなたの生みの親、オオウチノブエさんを見つけることができました。」

ブルース「なんだって!?そいつはすごい。よし、いまから手紙を書くから手伝ってくれ。正確で、文化的な配慮がなされた手紙でなくてないけない。」

日本大使館の人物「いいえ、手紙を書く時間はありません。彼女がいまから10分以内にこの電話番号に電話をかけてきます。ちなみに彼女は英語を話せません。グッドラック!」

取り急ぎで通訳を見つけ出したブルースの元にかかってきた電話…受話器から聞こえてきたのは実母の泣き声だった。

幸せな人生を送っていること、生を与えてくれた彼女に感謝していることを必死で伝えようとするも、聞こえるのは彼女の泣き声ばかり。

「泣かないで、お母さん。何が起こっているかちゃんと話して下さい。」と話すブルースに、実母は、明日が彼女の65歳の誕生日であること、そして彼女が夢見る誕生日は、ブルースに会うことだ、と話す。

通訳を通してブルースは、ノブエが一度も結婚しなかったこと、そしてその理由は、彼女は一人の男性しか愛することができないから、ということを知る。

通訳「その男性とはあなたのことですよ、ブルースさん。彼女はいつかあなたが戻ってくると信じてたんです。」

さらに、ノブエさんが『ブルース』という名のレストランを経営していることを知ったときには、そんな偶然があるものか、と俄には信じられなかったとブルース氏は話す。

実は、家族がアメリカに発つ前に、養母がノブエの元を訪れ、子供をブルースと名付けたことを伝えていた。養母はノブエにブルースの写真をプレゼントし、「必ず彼の人生を幸せなものにします」と約束したという。

それから10日後…ノブエさんの住む静岡を訪たブルース。そこでノブエさんから、彼の生みの父親の話を初めて聞くことになる。

ブルースの実の父親は、日本に駐在していた米国軍人。ノブエと結婚するための書類手続きを進めていた最中に、本土に異動となった。「すぐに電話するから」と言ったものの、それから何ヶ月も音沙汰無し…。ようやくかかってきた電話をノブエは取らなかった。妊娠していることは父親には伝えていなかったという。

漁師だったノブエの父親が孫を養うと言ってくれたが、混血の子供が日本で育つのは大変だと考えたノブエは、息子を養子に出すことを決意した。

それから46年ぶりの再会…。最初の訪問の際には、ノブエはブルースから一瞬たりとも目を離そうとしなかった、とブルースは話す。。ブルースが早朝のジョギングから帰ってきた時には、玄関で心配しきった表情のノブエが待っていた。その翌朝5時、同じようにジョギングに向かおうとブルースが1階に降りると、運動着姿のノブエがそこで待ち構えていた。

ブルース「うーん、しょうがない、じゃあ今日は歩くか。」

ノブエ「いいえ、あなたは走りなさい!私は自転車で後ろから付いていくから!」

走るブルースを自転車で追いかけるノブエ。これはその後もずっと続き、二人の朝の儀式となったそうだ。

その後も、頻繁に日本に住むノブエの元を訪れたブルース。ワシントンにノブエを招待したこともあった。お互いを良く理解するために、ノブエは英語のレッスンを受け、ブルースは日本語を勉強し始めた。

そして再会から3年ほど経ったある日…

ノブエは心臓発作により他界する。

「彼女と会うまで、自分が日系だと意識することはなかった」と語るブルース氏。第二次世界大戦中の日系人の強制収容のことも知らずに育ったという。実の母親と会うことが、彼に日系人としてのアイデンティティをもたらした。今では日系アメリカ人コミュニティで精力的に活動し、「日系アメリカ人退役軍人協会」や「日系アメリカ人国立愛国記念碑」の理事を努めている。

「(産みの母親と会ってからの)この12年間で、自分はようやく日系アメリカ人になったと思います。以前は日系のアイデンティティを持たず、ただ日系の容姿を持つアメリカ人でしかなかった…。」と話すブルース氏、「日系のコミュニティに参加していくうちに、自分のルーツをとても誇りに思うようになりました。」

Washington Post

このストーリーへの海外の反応

「彼女が一度も結婚しなかったこと、そしてその理由は、彼女は一人の男性しか愛することができないから…それはあなた、ブルースのことですよ」
この部分にやられてしまった…。涙が止まらないよ。

自転車で朝のジョギングに付いていく…のくだりがとってもキュートだ。

↑心臓が張り裂けそうなくらい、切なくも可愛らしいエピソードだね。

写真に写っているノブエさんはとっても幸せそうで何より。
とってもラブリーな物語だね。

トレードショーのブースにいるんだけど、ひょんなことからこのスレを開いて、今号泣している 笑

素敵な話だったんだけど、産みの母親が再会から3年後に亡くなったと書いてあるのを見て鬱になた…。
手遅れになる前に、連絡が取れて実際に会うことができてよかったね。

↑死因は心臓発作…。息子が母親を探すきっかけとなったのも心臓発作…。

↑心臓疾患は遺伝性のことが多いからね…。

ノブエは英語のレッスンを受け、ブルースは日本語を勉強し…その3年後にノブエは心臓発作で…
この部分を読んだ時、全く予期しない方向からのパンチで気を失ったような感覚になった。
あまりに悲しくて思わず声を出して泣いてしまったよ…。

↑同じく…。
でも、その3年間を一緒に過ごせたことで、安らかに永眠することができたのでは、と思う。
もし、ブルースに会えていなかったら、いつか息子に会いたいと願うあまりもっと長生きしていたのかな。

今、日本の電車に乗っているけど涙が頬をつたってる…。
でも、ノブエさんがブルースの父親を無視したのはちょっぴり残念だな。
彼は彼女が妊娠していることを知らなかった訳だし…。

ノブエさんの夢は死ぬ前に叶ったのだし、ノブエさんと会うことによってブルースは一回り大きな人間になった。
悲しいことだけど、亡くなるタイミングとしてはベストだったのかな。
いや、でもやっぱり悲しいよ。

日本人女性はあらゆるグループの中で1番長生きだって聞いてたもんだから、この展開は予想外だった。

↑ブルースがジョギングしてるのは、心臓を鍛えるためかもね。

心温まると同時に心が痛むストーリーだ。

色々言いたいことはあるけど、これだけにしておく。
ブルース・ハリウッド。
なんて素敵な名前なんだ。

大使館からの突然の電話の10分後に、ノブエさんから電話かかってきたのには、笑っちゃうよ。
唐突に、人生で1番大切な電話が10分後にかかってくると知らされる。
当然、言葉も通じない。
ペンタゴン勤務でなければ、10分で通訳を探すことなんてできなかっただろうな。

もし、ブルースの実の父からの電話をノブエさんが取っていれば、3人の人生は全く違っていたものになっていた…そう思うと鳥肌が立つ。
運命とは不思議なものだな。

↑彼女が電話を拒否したのは理解できるよ。
何ヶ月も彼女に連絡を取らない男なんて、信用できる訳ないだろう。

↑男は既婚だったんだろう。
自分の妻の祖父も、既婚だったにもかかわらずフランスで子供を作って、現地に残してきたらしい…。

↑もうすぐ30歳になるけど、軍人の父親が「実は俺には(駐在していた))ドイツに残してきた息子がいるみたいなんだ」と姉に打ち明けたらしい。
そして、その息子と連絡を取る気は全く無いようだ。
残念ながら、こんな男が多いのが現実なんだよ…。

当時はまだ1960年代だったから、今とは色々と事情が違うよ。
当時のアメリカ軍人が日本人女性と結婚するには、様々な障壁があったんだ。
当時の法は、若いアメリカ人にアジア人女性との結婚を思い留まらせるようにつくられていた。
1952年のMcCarran Walter Actによって法律的な障壁は取り払われたが、実際に結婚するには膨大な書類手続きが必要だった。
それに、法律上は、異人種間の婚姻は違法とされていた。
そのこともあって、軍の上官によって現地人女性との交際は慎むように指導されていたそうだ。
異人種間の結婚を禁じるのが違憲という最高裁判決が出たのが1967年のこと…。
それ以前に、日本人女性と結婚しようと試みたアメリカ人軍人の中には、議員に直訴したものもいた。
その男の名はAngelo Amato。
当時20歳だった彼が、日本人女性山口きみこをアメリカに連れてくるために、彼の地元ボストンの上院議員(後のアメリカ大統領)ジョン・F・ケネディーに助けを求めた。
ケネディが提出された法案により、男性は無事日本人女性との結婚を認められる。
二人の間にできた子供は、法案に関してケネディから男性に送られた手紙を今でも大切に保管しているそうだ。(Washington Post

「結婚しなかったのは、生涯、一人の男性しか愛することができないから…」
なんてこった…。
今夜はいい酒がのめそうだぜ。

「10分後に電話がかかってきますよ!あ、ノブエさんは英語話せないので!グッドラック!」
日本の大使館員には、お涙頂戴な再会に付き合っている暇はないようだ 笑

外国から養子を迎えた父親として、将来自分の子供にも同じ経験をして欲しいと願う。

↑でも、ちょっと複雑な気持ちになったりしないかい?
自分の子供には幸せしか望んでいないけど、もし生みの親との再会が思わぬ方向に進めば、どうなってしまうかちょっと不安になる。

ハリー・ハリス提督はどうやってノブエさんを見つけ出したのかな?

↑太平洋艦隊の提督だったら簡単なんじゃないかな。
提督と呼ばれる立場の人は、現在6人しかいない。
提督が「〇〇さんを見つけなさい」といえば、大抵の場合はすぐに見つかると思うよ。

赤ん坊の頃のブルースはとっても可愛いな。
ノブエさんにとってブルースと別れるのはとっても辛かったに違いない…。
そして、ノブエさんとの約束をきっちり守った養親も、素晴らしい人達だったんだろうな。

息子の大学出願を手伝うことができたのだろうか??

(ブルース・ハリウッド氏本人)僕は(ワシントンポスト誌記者の)キャサリンのように上手くは書けないけど、3年間の間に、本当に沢山の素敵な瞬間があったんだ。
母はいつも喜びのあまり涙を浮かべて「私は本当に幸せ!私の息子はICHIBAN!」と言っていた。
幸せな人は泣くもんじゃないですよ、と言ってよくなだめたものだ。
誕生日を日本で母親と一緒に過ごした際には、レストランで盛大な誕生日パーティーを催してくれた。
でも、パーティーの途中で、彼女は泣きそうになって2階へ上がってしまった。
2階へ上がろうとする自分を、叔母が引き止めて、涙の理由を話してくれた。
26年前の自分の20歳の誕生日、彼女はレストランでその人同じような盛大な誕生日パーティーを開いたそうだ。
「20歳になれば、生みの親の情報開示を請求できるの。だから、今日、息子が私を見つけに来てくれるはず!」
それから26年間、彼女はずっと待ち続けた。
日本には、だるま人形を使った願掛けの伝統がある。
願い事をする時には、片方の目を開けて(墨を入れる)、だるまさんに「願い事が叶えばもう片方の目も開けます」と約束するんだ。
20歳の誕生日、母はだるまさんに「いつか息子と誕生日を一緒に祝えるように」と願掛けをしたのだ、と叔母は話してくれた。
実は、母が2階に上がったのはそのだるまを持って降りるためだった。
そして、二人で一緒に泣きじゃくりながら、だるまの片方の目を開けた。
母もだるまも、26年間、願いが叶うのを待ち続けたのだ。
そのだるまは、今では私の自宅で大切に保管されている。

↑ブルース・ハリウッド氏本人!?
長年の兵役、そしてこの素晴らしいストーリーを共有してくれて本当にありがとう。

なんとも涙を誘うストーリー…。
母の日にふさわしい記事だね。

元記事は、今年の母の日にワシントン・ポスト誌に掲載されたものです。

なんて悲劇的で美しいストーリーなんだろう。
ノブエさんが他界する前に二人が再会できて、本当によかった。
でも、記事の後半は大きなフォントを使って欲しかった…。
涙目で読みにくかったからね…。

サラダを食べてるところだったのに、サラダに大粒の涙がぼたぼたこぼれ落ちている…。

心臓発作のおかげで二人は再会して、心臓発作によってまた離れ離れになった…。
信じられないようなほど劇的なストーリーだよ。

ブルースの人生を思って養子に出した生みの親と、愛情をかけてブルースを育てた養母。
この二人の無私の愛なくして、この物語は存在し得なかった。
きっと、二人は天国からブルースのことを見守っているだろう。

ソース:

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名無しパンダさん

ノブエ・・・・名前がな

名無しペンギンさん

前、別んとこでこの話みたけど
また泣いた・・・

  

名無しヒッポさん

どこの国でも軍人は現地妻を作りすぎ

名無しジラフさん

後の話もありましたね。
ノブエが亡くなった後に
実のお父様を探したら、お父様も妻を亡くして男の子がいる人だった。
ノブエさんと連絡がとれなくなった後、再婚しないまま亡くなったって。ブルースさんは、お兄様に兄弟はいりませんか?と連絡をとり、お兄様も兄弟が欲しかったんだよ。と言われて、交流があるんでしたね。

名無しドンキーさん

だるまの話は知りませんでした。
ノブエさんは息子の幸せと、再会だけを願って来た人生なんですよね。
実の父も気の毒な人生の人だったから、生きている内に再会出来て居たら
良かったんだけど。

名無しバッファローさん

同じく別んとこで読んだけど、ブルース氏本人の投稿でまた泣かされた。

名無しオッターさん

育てのお母さんも「生前」って、両方の母を早くに亡くしたのか
二人の分も長生きして欲しい

名無しタートルさん

これシリーズ化してて、今回のハリスさんとか、どんどん新しい話が追加されてくな
ブルースさん、たしかお父さんのほうも発見してんだよね
残念ながら亡くなってたものの残ってる遺品や遺族の話から考えて、母子捨ててばっくれる気は毛頭なかったのが判明すると言うような話だったような

名無しベアーさん

実の父がなんか幸薄げでちょっと可哀想だった
幼い頃に両親を亡くしてて、育ててくれた姉は仕事中に殺害される
最初の妻は男の子出産時に亡くなり、再婚したかった日本人女性には電話を拒否られ
以後、死ぬまで独身を貫く
息子(一人目)曰く、自分を大切にしてくれた女性はみんな失ってしまう、と思ってたんじゃないか、と
死ぬ間際に息子に残したアルバムにノブエさんの写真もあったが
彼女については一切話さなかった下りとか、なんか胸にキタわ

名無しライノさん

その話は本当?
それならノブエさんは電話取れば良かったのにね。
当時の日本女性にとって両親国に置いて異国ましてやアメリカに行くのは勇気が行っただろうし、米軍との子供産む女性は尻軽や娼婦扱いされまくった時代だから閉鎖的になっちゃったんだろうね。

名無しハムスターさん

日系人なのに日系人収容所のことすら知らずに軍で働いてたって
なんかすごい歪みを感じるんだけど…
つか米国軍人なら少なくとも日系人部隊のことは嫌でも習うと思うんだけど???

名無しパンサーさん

他のスレでいくつか読んだなあと思いながら読み始めたら本人降臨で新しいエピソードを知ってまた泣きそうになってしまった
だるまさん・・・

これは父親の方も探したら、父親は奥さんを亡くしたあと母親と出会ってて本当に結婚するつもりだったんだよね
まるで映画みたいな話だった

名無しペリカンさん

美談に仕上げているけど、本当に尊敬されるべき母親は決して子供を手放さないでしょ。元ヤクザの牧師を祭り上げる風潮と同じで好きじゃないな。

名無しフォックスさん

もう、やめて…涙もろくてヤバいわ。

名無しダックさん

自分だけかもしれんが、1枚目の時のブルースさんの表情と、後の顔が違うような気がしてしまう。前はハーフだと明らかにわかるのに、後に写した写真は日本人に近い見た目に見える。勘違いかも知れないけど…。